☆☆☆

　９０歳を超えた曾祖母の千代が白内障の手術で入院し、龍は付き添いで病室にいた。その時千代の寝言が気になった。千代は「かっぱさん、おどろまゃあ」とハッキリと言っていた。千代が退院してから龍は、この河童に関して調べ始めた。そうしたら今度は喫茶ユトリロを営む祖父が、腎臓結石で倒れてしまった。更に喫茶ユトリロの買収話が持ち上がっている事が判った。龍は祖父の代わりに老舗喫茶店を守れるのか。そして名古屋の河童とは何なのか。

　名古屋駅西の老舗喫茶店「ユトリロ」と、その店を営む祖父と暮らす鏡味龍君のシリーズ５作目にして初の長編作品です。今までは医学生の龍君が自分の将来を悩んだり、Ｗｅｂマガジンを通じて名古屋めしと触れ合う話が中心でした。今回は特に龍君の名古屋での家族の問題が多い話です。曾祖母の千代が白内障で入院した事から、千代にとっての河童の話を調べる所から始まります。そして喫茶店ユトリロを営む祖父の正直が結石で入院し、癌が見つかった事から龍君がユトリロを守るために立ち上がります。河童の話を調べる部分は戦後の闇市の話を龍君が知り、それが現在に繋がっていて、更にはリニア新幹線の開業による名古屋駅西の再開発にも関係してきます。ユトリロを守ろうとする龍君は、祖父の作っていた玉子サンドを何とか再現しようとしたり、使っていた餡子屋さんの後釜を探したり。そんな中で東京から雫ちゃんが助っ人に来てくれたりします。うーん名古屋を舞台にした話って少ないなあ、リニア新幹線って私は生きているうちに名古屋まで乗る事があるんだろうか、そう言えば自分も錦糸卵作る時は片栗粉入れるよなあ、とかいろいろと思いながら読んでいました。

☆☆☆☆

　高級住宅街にある一軒家で火災が発生し、ほぼ全焼し焼け跡から二人の遺体が発見された。この家の住人である都議会議員の藤堂康幸氏と、妻で元女優の江利子の夫婦だと思われた。二人の死因は共に絞殺で、妻は浴室で首を吊った状態で見つかっていた。何者かが夫婦を殺害し、無理心中に見せ掛けようとした様に思われた。警視庁刑事の五代務は所轄署生活安全課の山尾と共に、この事件の捜査に当たる事になった。

　「白鳥とコウモリ」の続編と言うか、警視庁刑事の五代のシリーズ２作目でしょうか。都議会議員夫妻を殺害し、無理心中に見せ掛け、家に放火すると言う凶悪な事件。所轄署に捜査本部が置かれ、五代は所轄署の刑事である山尾と言う警部補と組む事になります。五代は巡査部長なので、山尾の方が階級が上でしかも大分年上です。二人は鑑取りを担当する事になり、被害者遺族への対応に当たります。被害者の一人娘とその夫、後援会の会長、娘の友人らに当たりますが、何故夫婦が殺されたのか、誰が殺したのか全く判りません。しかし事態は急展開します。被害者の事務所に犯行声明と言うか脅迫状が送られてきて、また被害者の娘にも脅迫状が送られてきます。五代は山尾との捜査を続ける中である疑問が持ち上がってきますが、それは読んでのお楽しみ。昭島市と言う実在する町の事は細かく描かれているのですが、そもそもの事件のあった場所がハッキリと書かれていません。所轄署に関しても何々署ではなく、単に所轄署としか書かれていません。これって何か意味があると思っていたんですが。それにしてもこれと同じストーリーで同じ長さで普通の作家さんが書いたとしたら、多分かなり冗長な感じになってしまうと思います。東野圭吾さんの読者を作品に引き込む力は凄いと思いました。ただ唯一主人公である五代のキャラクターが弱いと感じられました。まあこれは加賀刑事の様なキャラクターで読ませる作品では無く、事件の背景を丹念に描く作品なのでしょうがないんでしょう。ちょっとやり切れない気持ちにさせられる所が多かったと思います。

☆☆☆☆

　警視庁科捜研を退官して民間の鑑定機関「氏家鑑定センター」を立ち上げた氏家京太郎は、ニュースで友人の御笠徹二が殺人の容疑で逮捕された事を知った。御笠はゲームメーカーの「レッドノーズ」に勤務していたが、被害者は元同僚で人気のゲーム作者の九十九孝輔だった。御笠の面会に行った氏家は、担当の弁護士である美能とともに御笠の無実を証明するために鑑定の依頼を受けた。しかし死体発見現場は科捜研によって、主な物は押さえられてしまっていた。

　「鑑定人 氏家京太郎」に続く、民間の鑑定機関を営む氏家京太郎のシリーズ２作目です。前作では主人公の氏家京太郎に関しキャラクターの弱さを感じましたが、２作目ではシリーズ作品の主人公としてはなかなかの人物に思えてきました。殺人事件の容疑者として逮捕されたのが、友人である御笠であり高校時代のエピソードが印象的だったのもあるんでしょう。さて天才的なゲーム作者の九十九孝輔の死体が、彼の住むアパートの一室で発見される所から始まります。九十九は数ヶ月前に人気のゲームを作っていた会社を辞め、自室に籠っていたらしくゴミ屋敷と化した部屋でほぼ白骨化した遺体で見つかります。死因は何者かに頭部を殴られた事によるものと思われました。その部屋に残されていた鼻をかんだと思われるティッシュペーパーを科捜研が分析した結果、元同僚だった御笠が容疑者となりました。氏家は友人を危機から救う事ができるのか。御笠を担当する弁護士は、刑事事件の経験に乏しく頼りになりません。ヤキモキしながら読んでいたのですが、最後２０ページしか残りが無いのにどうなるのかが判りませんでした。しかしそこからが見事などんでん返しでした。ハウスクリーニングを専門に請け負う五百旗頭（いおきべ）とか、元捜査一課の刑事で現在は探偵をしている鳥海と言った、他作品の登場人物の働きもいいですね。

☆☆

�@　「これより社内回診をはじめます」　．．．　見慣れた社内を見慣れない白衣のふたり、森課長と眞田課長が颯爽と社内回診。
�A　「大人のトイレ事情」　．．．　ほとんど初めてクリニック課を訪れた営業企画部の若手社員は、すぐお腹が痛くなるんだと訴えた。
�B　「無自覚なエアロゾル」　．．．　直属の上司はいい人なんだけど口臭で損をしていると思う。そんな相談を受けたのだったが。
�C　「腰痛から始まる社員健康互助システム」　．．．　クリニック課を訪ねてきた人を出迎えるのに立ち上がったら腰に激痛が。
�D　「私がタオル地のハンカチを手放せない理由」　．．．　訪ねてきた社長と仲良く話す森課長だったが、ハンカチが手放せない。

　清掃用具などの美化用品を製造販売する企業である「株式会社ライトク」に勤務する松久奏己（かなみ）は、来年には２０代と決別しなくてはなりません。働き始めて７年になりますが、ずっと目立たないように仕事をしてきました。今までは総務課にいたのですが、社長肝入りの新部署への異動となります。その異動先が総務部クリニック課でした。社内に病院機能を組み込むべきと言う、大胆な発想から始まった物です。変わり者でイケメン医師の森琉吾と、チャラ系ホスト顔の薬剤師の眞田昇磨が同僚です。藤山素心さんの作品を読むのは、「おいしい診療所の魔法の処方箋」に続いて２作目です。そちらの主人公の女性はハラスメント上司だとか慣れない営業で、じんましんに悩まされていました。こちらの主人公は他人とのコミュニケーションが苦手で、緊張するとトイレに行きたくなってしまいます。こういう感じの女性主人公が、描きやすいのでしょうか。医療知識を組み込んだミステリーでは無く、ちょっとした健康だとかの情報やキャラクターの生き方考え方で読ませる話なんでしょう。まあ、水分、糖分、塩分が大事と言う事で。でも物語としての面白さはあまり感じられませんでした。

☆☆

　女性の地位向上を目指し鳥取で作家活動を続ける田中古代子は、娘の千鳥と内縁の夫である涌島義博の３人で東京への引越しを考えていた。そんな中古代子は千鳥と共に活動写真の「兇賊ジゴマを観るために、鳥取市内の劇場「鳥取座」に向かった。ところが観劇中に場内で火災が発生し取り残された二人が見たのは、本物の兇賊ジゴマが現れ男の人を刺殺する所だった。命からがら逃げ伸びた古代子達だったが、その後謎の人物に襲われる様になった。

　令和５年度（２０２３年度）の第６９回江戸川乱歩賞の受賞作です。今回の賞の選考委員は、綾辻行人さん、京極夏彦さん、柴田よしきさん、貫井徳郎さん、横関大の５人ですが、乱歩賞を受賞したのは横関大さんだけなんですね。さて最後に選考委員による選評が掲載されているのですが、貫井徳郎さん以外は本作を絶賛しております。貫井徳郎さんは「読み進むのがあまりに辛いため」と書いているのですが、それは私も同じでした。私もこの作品に選ばれなかったんでしょうか。さて物語は大正１３年（１９２４年）７月の鳥取を舞台にしています。そして主人公の田中古代子さんと言うのは実在する人物だそうです。実物の田中古代子さんは明治３０年（１８９７年）に鳥取県で生れ、山陰日日新聞社に入社し県下初の女性新聞記者になったそうです。雑誌や新聞に多くの作品を投稿しましたが、持病の胸の病のために多くの作品を残す事は無かったそうです。作者の三上幸四郎さんは鳥取県米子市の出身なんですね。読み辛かったのは大正時代と言う事もあるのですが、主人公の女性としての生き方等に力点が置かれている点が気になった事でしょうか。

☆☆☆☆

�@　「近くで殺して」　．．．　大学院生の殺害依頼には、殺害証明と第一発見者の指定と言う二つのオプションが付いていた。
�A　「人形を埋める」　．．．　ターゲットの女性はレンタルした畑に、戦隊ヒーローの人形を何体も埋めていた。
�B　「残された者たち」　．．．　会社の同僚が殺害された。犯人は彼に恨みを持つ者なのか、それとも通り魔の犯行だったのか。
�C　「花を手向けて」　．．．　今年の６月までに殺してください。そして殺した後は椿の花を添えてあげてくださいと言う依頼。
�D　「夏休みの殺し屋」　．．．　富澤に入った２件の依頼は同じ相手がターゲットで、２件とも８月中にとの事だった。知栄の方に入った依頼はお嬢様学校に通う女子生徒と、その学校の校長をあまり間を空けないでと言う物だった。

　殺し屋の富澤允と鴻池知栄のシリーズの４作目。シリーズ１作目では殺し屋は富澤一人だったのですが、２作目からは知栄が入ってきます。とは言っても、この二人は何の繋がりもありません。さて本作は前作の「女と男、そして殺し屋」と、ほぼ構成が同じです。どちらも５作で４つの短編と、表題作の中編。４つの短編は二人の殺し屋が交互に描かれ、最後の中編作品で二人がニアミスしていきます。この二人の殺し屋ですが、注文を受けてから殺害までのシステムが出来上がっています。どちらも自分に対する依頼人が判らず、何らかのオプションが設定されていたとしてもその理由は判りません。ですので富澤は依頼を中継する塚原俊介と、知栄は男友達（？）の本多元と、いろいろな想像をしています。依頼人は誰なのか、何故そんなオプションの指定をしたのか。その想像の部分こそが、この物語の中心になります。でも今回は１作だけ殺し屋によって殺された被害者の、周りにいた人物らによる推理が入ります。二人の仕事振りはあくまでも淡々と描かれ、全体的にはややコミカルに描かれます。この二人の殺し屋が、直接会う事がこの先あるんでしょうか。

☆☆

　警視庁に入って６年目の２３歳の西尾美加は、蒲田中央署の刑事課に勤務していた。この署には「第�U捜査官」と呼ばれる、３７歳の神村五郎巡査長がいた。元々は高校の物理の教師で警官に転職した変わり者だが、持ち前の知恵と情報力で幾つもの難事件を解決してきた。そんな蒲田中央署で起こった事件は、夫を刺殺したとして逮捕された女と取り調べに当たっていた樽井係長が署から消えてしまった事だった。そして二人は遺体となって発見された。

　主人公は神村五郎巡査長３７歳、人呼んで「第�U捜査官」。元々は高校の物理の教師で、警官に転職した変わり者。でもとんでもなく優秀で多くの難事件を解決に導き、お陰で署長はぽんぽんと出世街道に乗る様になります。ですので副署長までも差し置いて重用される事から、文字通り署のナンバー２と言う事でこの様な呼び方がされています。署長である門奈を、「モンちゃん」何て呼んでたりします。そして物語の語り部となるのは警視庁に入って６年目の２３歳西尾美加で、何と高校時代は神村は恩師でもありました。さてそんな中で起こった、取り調べに当たる刑事が容疑者と共に警察署から逃亡すると言う、考えられない様な不祥事です。樽井係長は何故容疑者の女と警察署を逃走したのか。取り調べをしている中で、夫からの日常的なＤＶに同情して、哀れに思った樽井がマル被の女を連れだして消えた。その様な見込みで二人の行方を追っていきます。しかし二人は毒物を飲んで遺体となって発見されます。心中とみられましたが、二人の死亡時刻が離れていたり、逃走後女性容疑者が銀行の貸金庫から何かを出したりと言った不審な点が見つかります。そしてカウンターフィットと呼ばれる偽造薬だとか、暴力団の抗争へと話は進んでいきます。この作品４５０ページの長大な物ですが、話がやたらと長く感じられます。そして美加からすると神村の行動と言うか考えが全く判らないので、読んでいる身からしても辛い物がありました。

☆☆

　須田巡査部長が管内のスナック「ちとせ」から、三人組にミカジメ料を要求されたとの相談を受けた。それを聞いた安積は須田と共に、暴力犯係の真島係長にその話を持って行った。真島は半グレによるものではないかと言い、パトロールを強化すると言っていた。するとそのスナックで傷害事件が発生し、警戒に当たっていた暴力犯係の係員が負傷した。安積は速水から、最近管内で面倒な奴を見掛けたという情報を聞いた。元マル走の篠崎恭司と言う３２歳の男だった。

　東京湾臨海署安積班ノシリーズですが、このシリーズは初期の東京ベイエリア分署とか神南署の作品を除き、臨海署となってからは「残照」を１作目として数えると本作が１７作目になるんでしょうか。このシリーズの主役は安積剛志警部補ですが、村雨、水野、須田、黒木、桜井と言った安積班のメンバーが中心として取り上げられる事もあります。今回は特に誰と言う事では無くて、交機隊の速水小隊長とか暴力犯係の真島係長とかが目立っているでしょうか。さて話は速水からもたらされた篠崎と言う男で、元マル走（暴走族ですね）で速水とは何かと因縁があった様子。スナックでのミカジメ料の要求、暴行傷害事件など何かと騒がしくなった裏にはこの男の存在があるのではと疑う安積たち。そしてその篠崎の裏にはさらなる存在があります。ここら辺の話は、やや現実感に欠ける感じがします。今野敏さんの作品ですので読み易いのはいいのですが、話があまりのも単調です。「羊の群れの中を狼がうろついている様な物で、狼は捕まえて檻に閉じ込めるべきだ。」と言う速水の言葉。そして冬の大三角形の話が出てきます。オリオン座のペテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウス。シリウスは太陽以外で最も明るい恒星で、中国では天狼星と呼ばれていると言います。

☆☆

　慣れない営業職や上司からのハラスメントでじんま疹が酷くなり、会社を辞め「んん診療所」で働く事になった関根菜生。医師の指示の下で患者さんにダイエットなどの食事指導を行っていたが、何の資格も持っていない事に引け目を感じていた。自分に必要なのは業務に直結した資格である、栄養士の資格なのではないだろうか。この資格を取得するには、専門の学校に通う必要があり、それには高額な費用が掛かるのだった。貯金は少ないし、バイトをしなくてはならないか。

　見ての通りシリーズ２作目ですが、前回は風変わりな診療所に勤める事になった菜生でした。今回はその「んん診療所」で起こる幾つかの出来事が描かれます。栄養士を目指すと言う所から始まりますが、栄養士には栄養士の他に管理栄養士の２種類があります。学校などの給食施設で「健康な人」の食事をサポートするのが栄養士で、患者や高齢者など食事を取り辛い人を対象にしているのが管理栄養士だそうです。ですので菜生が目指すべきなのは上位資格である管理栄養士なのですが、学校に行ったりなんだりで２５０万円程掛かる事が判ります。でも貯金は２７万円程しかなく、バイトを余儀なくさせられます。そして近くの居酒屋で週三日のアルバイトが始まります。まあ話としては院長である小野田玖真の弟で、小野田記念病院本院の内科部長をしている小野田修一が訪ねて来たのが大きいでしょうか。でも話としてはあまり面白みがない感じです。ですので健康ネタとか食事ネタがやや気になりましたが、お風呂に入る時はアゴまで湯船につかるのがいいんだそうです。まあ私はじんま疹だとか頭痛に悩まされている訳ではありませんが。