☆☆☆☆

�@　「合意のトンネル」　．．．　風間からの質問に答えられなかったり、郷村は最年長の岩国から何かと助けられていた。
�A　「不作為の鏡」　．．．　自分の顔が気になって鏡の前から離れる事ができず、非常招集が行われた時に遅れてしまった。
�B　「遺恨の経路」　．．．　同僚から恋人を奪った百葉だったが、その相手は何かと二人の交際の手伝いをしてくれていた。
�C　「黒白の極性」　．．．　パチンコで大負けした帰りに、細沼は後ろから来た男が前を歩いている老婆からのひったくりを目撃。
�D　「犯意の影法師」　．．．　規則を破って子猫に餌をあげていた南郷と栗栖。その近くで毒キノコを茹でていた小泉。
�E　「金盞花の迷い」　．．．　卒業生総代を目指す冬和子は、交通事故での逮捕歴を持つ父親の件で脅迫を受けていた。

　タイトルの通り教場の新シリーズ２作目です。プロローグで校長の四方田秀雄が教官の風間公親に、刑事指導官時代の教え子たちに特別講師を呼ぶ提案をします。いわゆる風間道場の門下生に、十崎逮捕の話をリレー形式で語らせたらどうかと言います。十崎と言うのは通称「千枚通し」と言われる、十崎波瑠の事です。かつて風間が一度は捕まえた十崎、風間の右目から光を奪った犯罪者である十崎、千枚通しで多くの人を傷付けた十崎。そして第９５期初任科短期課程の始まり始まり。何時もの通り警察学校の厳しさが語られていきます。まあ厳しさと言うよりは異常さを感じる部分が多いです。そして今回も話の数だけ退校者が出てしまいます。まあ辞めさせられて当然の学生もいますが、ちょっと納得できない部分もあります。物語は長岡弘樹さんらしい、凝った造りになっているのは何時もの事。また口にティッシュを入れて強く噛むとか、３億円事件の犯人は３億円は盗んでいないとか、職質の時の相手の足の位置だとか、細かい描写がいいと思いました。学生指導のコツを掴んだと言う風間ですので、このまま警察学校での教官が続くんでしょう。

☆☆☆

�@　「サーチライトと誘蛾灯」　．．．　ホームレスの排除に成功した「なかまちボランティア公園」で、私立探偵の死体が発見された。
�A　「ホバリング・バタフライ」　．．．　アマクナイ高原でトレッキングをする女性は、落ちていた缶に何かを書き込んで捨てた。
�B　「ナナフシの夜」　．．．　キノコ採りの帰りに寄ったバー「ナナフシ」で出会った夫婦。その夜男は妻に殺されたと言う。
�C　「火事と標本」　．．．　宿泊していた宿屋の近くで起こった火事。宿屋の主人は小学生の時に起こった火事の話を始めた。
�D　「アドベントの繭」　．．．　友人のお墓参りに訪れた教会で、この教会の牧師が殺害されており、一人息子が行方不明に。

　本作の表題作が、２０１３年に東京創元社主催の第１０回ミステリーズ！新人賞を受賞しデビュー。昆虫好きの青年・えり沢泉（”えり”は魚辺に入る）さんを探偵役に据えたミステリーでこの後シリーズ作となっています。昆虫とミステリーと言うと川瀬七緒さん作の法医昆虫学捜査官シリーズの赤堀涼子さんを思い浮かべますが、テイストは全く違います。少なくとも気持ち悪くはありません。物語の語り部になるのは主人公と知り合った人達です。公園の見回りをする老人、湿原の管理に関わる女性、バーの常連客、旅館の主人、警察の刑事。描かれる事件は全て人が死ぬ話です。この主人公ですが何処かとぼけた感じの３０過ぎの独身の男で、会話もなかなか嚙み合わなかったりします。ですのであまり深刻な話には感じられず、えり沢の鋭いかどうか判らない推理を楽しむ事ができます。でも虫が推理に直接関係している訳ではなく、また何故主人公が昆虫好きなのかと言うのも判りません。ここら辺キャラクターの設定がぼやけている感じもします。それと登場人物の名前は普通の字を使って欲しいです。少なくとも赤堀涼子の様な強烈さはないですね。話としてはナナフシのが良かった。

☆☆

　経済が停滞した日本で生れた前代未聞の扶助団体ＨＩＰＳ。会員を監視下に置き経済活動と財産所有を禁じる代わりに、健康で文化的な最低限度の生活を保障する物だった。自らもこのＨＩＰＳに所属しスラム化した劇奥に集まる若者を、ボランティアで勧誘を行っている南哲弥。ある日劇奥で車椅子に乗ったキミカと言う少女と出会った。彼女は３年前に交通事故に遭い、母は亡くなり彼女は両足を失った。今は父と二人暮らしをしていると言う。

　「悪魔の救済」、「殉教者」、「神風」、「聖人」と４つの話が短編風に出て来て、最終話である「沈む箱舟」へと繋がっていきます。まず最初にＨＩＰＳと言う物に関する詳しい説明があります。ＨＩＰＳと言うのはＨａｐｐｉｎｅｓｓ（幸福）、Ｉｍｐａｒｔｉａｌｉｔｙ（公平）、Ｐｅａｃｅ（平和）、Ｓｏｃｉｅｔｙ（組合）から成る言葉です。すべての会員を監視下に置き、経済活動と財産の所有を禁止するかわり、健康で文化的な最低限度の生活を保障する扶助団体だと言います。その費用は運用する団体が所有する超高性能ＡＩによる資産運用の利益で賄えるんだそうです。最初の話を読んだ所で思い浮かんだのは、手塚治虫作「火の鳥・未来編」でした。人間が考える事行動する事を放棄し、全てを巨大コンピューターに委ねた事により人類が滅亡した世界が描かれます。まあ話は違いますが、５０年以上前に作られた火の鳥の方が、よほどリアリティが感じられます。「ＡＩ＝何でもできる」、と言う正しくない部分も気になりました。さてこの作品はＳＦと言うかファンタジーと思って読むと、ちょっと裏切られると思います。まあ一風変わった団体が存在する世界での、ミステリーと言う事なんでしょう。今までの岡崎琢磨さんの作品としては、「Ｂｕｔｔｅｒｆｌｙ　Ｗｏｒｌｄ」が一番近いと思いますが、氏の作品では「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズの様な作品の方が好きです。

☆☆☆

�@　「盗まれたフィギュア」　．．．　オタク商品のコレクターは、高価なコレクションが盗まれたと言い、お仲間の４人が怪しいと。
�A　「完全無欠のアリバイ」　．．．　スーパーの社長が創立２０周年記念パーティーが終わった夜に、何者かに殺害された。
�B　「記憶のアリバイ」　．．．　殺人の容疑者は４人いた。事件当時の記憶を映像化したが、全員記憶が消去されていた。
�C　「漂流者」　．．．　記憶を失った漂流者が見つかった。ライフジャケットのポケットに日記等が書かれた手帳が入っていた。
�D　「幼すぎる目撃者」　．．．　臨月の妻が夫を何度も包丁で刺して殺害。それを見ていたのはもうすぐ５歳になる長男だった。

　まえがきにて京都大学推理小説研究会における、「犯人当て」を行っていた話が出てきます。そして本書は、著者が作家デビューして以降、時折行われて「犯人当て」企画の際に書いてきたものを集めた作品集だそうです。本作には５編収録されていますが、まず本編があって、その次に挑戦状があり、その後に解決編と解説が付いています。この解説は、執筆過程、意図などを付け加えることで、全体として犯人当てやミステリの書き方、読み方にもなっているとの事です。犯人当て、フーダニット（Ｗｈｏ　Ｄｏｎｅ　Ｉｔ？）と言うのは、私にとって苦手な分野の作品です。ミステリーは結構読むのですが、犯人当てを始めとする論理的な思考を持って読む事は無いんです。まあそんな読み方でもミステリ作品を楽しむ事は出来ると思っています。とは言う物の、読んでいて論理的に犯人を導き出せることができたら、それはそれで楽しいんでしょうね。まあ私には無理なので、著者による解説を読んでまずは満足しています。賛否両論はあると思いますが、作者による作品解説は、ここではありがたい物でした。

☆☆☆☆☆

�@　「暴露系」　．．．　暴露系インフルエンサーの「晒し屋Ｙ郎」は、ＳＮＳで名が知れた自称投資家の男の女性問題を暴露しようと。
�A　「報道加害」　．．．　特ダネを掴むために喫茶店で情報提供者を待つ記者は、近くの客の「殺されるかも」と言う会話が耳に。
�B　「エスカレート」　．．．　ＳＮＳでの投稿に目を付けられたのか、名前と住所が特定されストーカーの被害に遭ったと警察へ。
�C　「誤認逮捕」　．．．　放火、盗撮、窃盗で誤認逮捕された男。今度は殺人の疑いが持ち上がったが、麻薬所持で逮捕された。
�D　「再犯」　．．．　最近、性犯罪の再犯事件が増加している。その裏にはあるＮＰＯ法人が行っている更生プログラムがあった。
�E　「死刑反対」　．．．　死刑に対する反対派と賛成派。女児連続殺人事件の犯人が捕まり、死刑になりたかったと動機を語った。

　「逆転正義」の続編と言う事でしょうか。冒頭に著者から、そちらの登場人物がこちらにも登場してくると書かれています。まあ話の繋がりはありませんので、こちらから読んでも何の問題もありません。しかし素晴らしい作品ですので、どちらも読む事をお勧めします。まず正義」とは何でしょうか。報復的正義、修復的正義、配分的正義、匡正的正義とか細かく言うといろいろとある様ですが、まあ道徳的・倫理的に正しい事だと思います。タイトルの通り正義の暴走と言うのがテーマの一つですが、正義と言うのは何なんだろうと考えさせられる内容です。正義って絶対的な物ではなく、人によっても違うし立場によっても違うし時と場合によっても違うんでしょう。そして話はＳＮＳ等のネット関連の話が多いです。ＳＮＳで正義と言うとかなり難しい部分があると思います。暴露系ユーチューバーの話、わざと警察に誤認逮捕させる男、死刑反対に関わるネットの利用等など、ネット上の正義の危なさも印象的です。下村敦史さんの作品ですので、かなり派手などんでん返しもあります。「報道加害」とか「エスカレート」とか見事です。また「数字は嘘をつかないが、噓つきは数字を使う。」と言う言葉はその通りだなと思いました。

☆☆☆☆

�@　「ふるさとポタージュ」　．．．　売れないシンガーソングライターの悠木紬は、唯一の仕事であるカラオケ番組の仕事を失った。
�A　「プロポーズはシチュー」　．．．　もうすぐ母親になる３２歳のみのりは、夫が余命３年を宣告されて病院に入院していた。
�B　「先生のトースト」　．．．　６５歳になった由子はずっと保母をしているはずだったが、院長をしている保育園が閉鎖する事に。
�C　「切り札はおむすび」　．．．　結奈に好きだと言えない司だったが、彼女は昔から心臓が弱く病院に入院してしまった。

　２２歳になった売れないシンガーソングライターの悠木紬は、１週間前に投稿したユーチューブの動画再生回数が４９回だった事に愕然としていました。売れないとは言え自分は芸能人でもあり、自分で作詞作曲をした歌を歌ってもいます。千葉県君津市にある弱小芸能事務所に所属しているものの、今の仕事は地方局のカラオケ番組の準レギュラー一本だけ。番組では「歌うま芸人」と紹介されていましたが、唯一の番組の司会者が事件を起こし、番組はあっさりと打ち切りになってしままいました。そんな紬でしたが気分転換の散歩の途中、神社の裏手に「しっぽ食堂」と言う店を見つけます。なんでも「土鍋料理と定食、猫の店（しっぽの長い猫がいます）」なんだそうです。そこで店主の中堂陸と知り合います。長身で体格がいいのですが表情に愛想の無い男性です。「しっぽ」と言う名前のしっぽの長い猫がいて、店の壁際に置かれた土鍋に入って丸くなったりしています。その店でアルバイトとして働く事になった紬ですが、訪れるお客様の事情を知るとともに、陸の優しさにも気付かされます。くろねこカフェや黒猫王子のシリーズ等と同じ様に、心温まる話です。司と結奈の話が良かったです。結奈の病気が良くなりますように。

☆☆☆☆

�@　「Ｍｏｎｅｙ，Ｍｏｎｅｙ，Ｍｏｎｅｙ」　．．．　所有しているマンションを担保に１０億円を借りたい、と申し込んできた７０歳の老人。
�A　「借金大王」　．．．　上場が予定されている有望なＩＴ企業。オーナーの長男が会社の規則に反し株を売却したがっている。
�B　「金持ちさんちの貧乏人」　．．．　頭取に不倫疑惑が。義理の弟の人事部長は自分の不倫相手である広報部長と尾行。
�C　「あのカネを鳴らすのはあなた」　．．．　粉飾決算をせざるを得なくなった経理部長のもとに、金融庁からの男が訪ねて来た。
�D　「金もうけのために生れたんじゃないぜ」　．．．　ＳＮＳには箱根銀行の粉飾決算の記述。窓口には解約を求める客が殺到。

　小田原で司法書士をしている東雲昴のもとに、地元の箱根銀行で運用課長をしている燎原勲が訪ねて来ます。二人は大学時代からの腐れ縁の仲で、この日も東雲の好きな銭湯で時間を過ごして別れました。その燎原が自宅近くの雑木林で、首を吊って亡くなっているのが見つかりました。両親を交通事故で亡くした燎原は、年の離れた妹の杏子と二人暮らしをしていました。その杏子も箱根銀行への就職が決まっていました。燎原は２００億円もの金を横領し女に貢いでおり、発覚を恐れて自殺したとされてしまいました。しかし燎原が銀行の不正に気付いてしまった事から、死に追いやられてしまった事が判ります。東雲は杏子と共に銀行に対する復讐を誓います。中山七里さんっていろいろな作品を描いていますが、池井戸潤さんっぽいこんな話も書くんですね。箱根銀行は神奈川県の主要銀行として名が通っていますが、強羅一族によって支配されていました。司法書士兼詐欺師の東雲はそんな箱根銀行に対し、不動産と未公開株式の取引で損害を与え、さらに幹部間の不倫や粉飾決算でダメージを与えます。軽妙に描かれているので、嘘っぽさを感じる事無く痛快に読めます。また中山七里さんらしいどんでん返しも、ちゃんと用意されています。

☆☆

�@　「跡継ぎの条件」　．．．　常連客が３代目となった居酒屋。毎日一定の時間、席の一つを空けておくのが跡継ぎの条件だった。
�A　「夜のお告げ」　．．．　後輩から聞いた話だったが、商店街を目指して歩いていたら、お告げの様な声を聴いて助かったと。
�B　「昭和９４年の横丁」　．．．　老舗の居酒屋で見掛けた日めくりカレンダー、そこには昭和９４年と記載されていて店から出ると。
�C　「風を除ける」　．．．　沖縄でユタと言う巫女さんの様な事をしているおばさんから鈴が届いた。鈴が鳴ったら風を除けて隠れろと。
�D　「黒の欠片」　．．．　天守閣の最上階に「二十六夜神」と書かれた真っ黒な札。そこでご飯の炊けた様な匂いを嗅いだ気が。
�E　「曇天の店」　．．．　北陸の古い門前町で入ったお店。フェーン現象の起きる日には暑くても戸を開けておいてはいけないと言う。
�F　「三味線の音」　．．．　お店の２階から聞こえてきた三味線の音。子供の頃に怖い思いをした「二口女」の事をふと思い出した。
�G　「笑うカピタン」　．．．　長崎の町で感じた強烈な視線はホテルの部屋の中でも。絵に描かれたオランダ商人が動いていた。
�H　「歌うカステラ」　．．．　スイーツ好きのあいだで最近噂になっているお店。テーブルが一つだけの店で「長崎コース」を頂く。
�I　「祖父の墓」　．．．　日光東照宮を見た帰りの居酒屋で。家康のお墓である奥宮って、なんでキラキラの社殿の奥にあるのか。
�J　「白の迷路」　．．．　真っ白な白鷺城。城を白くすると言う事は、手出しさせない、ずっと無傷でいると言う覚悟の表れなのか。
�K　「アトランダムな神々」　．．．　通天閣のビリケン像は異様な形をしている。そして曾根崎心中の舞台が恋人の聖地と言うのも。
�L　「空飛ぶ梅」　．．．　湯島天神に行って思った事は自分の受験シーズンの事。当時は表札泥棒なる事が流行っていたりした。

　編集者から「孤独のグルメ」のホラー版みたいなのやりましょうと言われたと、あとがきで書いています。１３編のホラー短編があって、その後のあとがきでその舞台となった場所などの説明があり、最後に「ムーン・リヴァー」と言う短編が掲載されています。これは小学生の頃両親を失った私達を育ててくれた、叔母であるキミコ姉ちゃんの話です。この作品だけ横書きで左開きになっています。さて本編の方ですが、ホラーと言うかちょっと不思議な話が描かれます。舞台となるのは横浜だったり、名古屋だったり、松本だったりで、その場所を思いながら読むのは楽しいです。１３ヶ所の内行った事のない場所が２ヶ所ありましたが。そんな場所の中の居酒屋だとかにいる人が語り掛けます。登場人物の名前が出てこないのが、いいのか悪いのか。この前読んだ「珈琲怪談」の居酒屋バージョンなのでしょうか。そちらと同じく一人でお店にいるのではないので、「孤独のグルメ」とはその点違います。「曇天の店」はアンソロジー「妖し」で読んだ事ありました。「跡継ぎの条件」と「昭和９４年の横丁」が良かったでしょうか。またこの手の話で「夜のお告げ」の様に、変な説明付けちゃうのはどうかと思いました。

☆☆☆

�@　「満天の星」　．．．　忙しい救急外来の当直の夜、今日が結婚記念日だった事に気が付いた。帰ったら妻はモンブランに行っていた。
�A　「門出の桜」　．．．　学士殿の部屋に物凄い美人が現れたと言う。そして本人は急性薬物中毒で救急車へ、自殺未遂だった。
�B　「月下の雪」　．．．　医局から大学病院見学の案内が届いた。そんな中看護婦たちに人気だった、癌患者の老婆が亡くなった。

　夏川草介さんは大阪府出身で、信州大学医学部医学科を卒業した医師です。医師として勤務するかたわら、２００９年に本作で第１０回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。２０１０年の第７回本屋大賞でも、第２位にも選ばれています。お医者さん出身の作家さんって多いんでしょうか。海堂尊さんだとか知念実希人さんとか、藤山素心さんもそうでしたね。まあ変わった経歴だから目立つんでしょうけど、実際には記者さんとかの方が遥かに多いんでしょう。さて本作の主人公である栗原一止（いちと）は、長野県にある本庄病院に勤務する５年目の内科医です。この病院は病床数４００床と、地方都市の一般病院としては大規模です。ここで一般診療から救急医療までをこなしています。夏目漱石が大好きで話しぶりがいささか古風なため、周りから変人扱いされる事もあります。山岳カメラマンをしている妻の榛名とともに御嶽荘に住み、絵描きの男爵や大学院生の学士殿との日常も描かれます。でもまあ病院での医療に携わる場面が中心です。医学生時代からの腐れ縁の砂山次郎、主任看護師の東西直美など魅力的なキャラクターが多いです。ミステリの要素は全く無く、患者さんや病院の医療スタッフとの様々なやり取りが中心に描かれます。医者不足により過酷な勤務に当たる栗原ですが、大学病院の医局に進むかどうかの悩みが一番の話でしょうか。北アルプスの描写が所々に出てきますが、安曇野あたりから見る後立山や常念の眺めは大好きです。ちなみに２０１１年に櫻井翔主演で映画化され、２０２１年に福士蒼汰主演でテレビドラマ化されているそうです。

☆☆

�@　「あいつさえいなくなれば」　．．．　糖尿病と脳梗塞で車椅子生活になった母親と、何もしようとしない妹を持つ女性中学校教師。
�A　「新しい自分になりたいです」　．．．　義理の息子が麻薬犯罪で逮捕された女性区議会議員。ＳＮＳで散々叩かれてしまった。
�B　「医者に向いてないんだね」　．．．　大学の同級生だった医者からの頼み事。社会福祉法人を立ち上げるので名前を貸してと。
�C　「認知症ってことにできませんか」　．．．　不仲の父親を老人施設に入れたいので、認知症の診断をしてもらえないかと作家。
�D　「寿命を延ばしていただきたい」　．．．　人材育成を目的とした法人の理事長は、組織の立て直しの為寿命を延ばしたいと。

　藤山素心さんの作品は。どちらかと言うとホンワカした話が多いと思います。今回の作品はややダークな印象です。錦糸町駅南口から徒歩５分程の所にある古びた五階建てのビルで、完全紹介制の診療所ＰＭＣ：プライベート・メディカル・コンサルタントを営む本橋桂。ここには唯一の医師である本橋の他に、これまた唯一の看護師である福留千麻莉がいます。この二人以外には同じビルで居酒屋をしている女将の玲奈さんと依令（いのり）さん、また本橋を「ケーさん」と呼ぶ和ヶ原塁が主な登場人物。そんなＰＭＣに持ち込まれる様々な問題を本橋らが解決させていきます。医師でもある作家さんが描いた作品で医師が主人公だと、医学的な知識を持ってして事件を解決させると言うパターンが多いと思います。最も顕著なのは知念実希人さんの天久鷹央のシリーズでしょうか。ここでは中学校教諭、区議会議員、内科医、作家、法人理事長が持ち込んだ問題を、医学とはあまり関係の無い方法で解決させます。それがちょっと珍しさを感じましたが、それで面白いかと言うとちょっと別物でしょうか。何となく雰囲気としては、奥田英朗さんの伊良部シリーズが近いでしょうか。

☆☆☆☆☆

　科学者でありミステリの愛好者である神津島太郎が建てた、雪深き森に燦然と輝く塔の様な硝子の館。主人はここで重大な発表をすると言う事で、６人が招待された。刑事の加々見剛、主治医の一条遊馬、霊能力者の夢読水晶、ミステリ作家の久流間行進、編集者の左京公介、そして名探偵の碧月夜。しかし発表を前に、館の主は自室で亡くなっている事が判った。密室、服毒、そしてダイイング・メッセージ。さらに館に至る道が雪崩の為に、警察の到着は遅れると言う。

　大富豪であり、有名な科学者であり、そして世界的なミステリコレクターでもあった神津島太郎が建てた硝子の塔。まずその立体図と断面図が最初に描かれています。まあ普通は絶対に有り得ない建物ですよね。さてそんなガラスの塔に集められた６人の客以外には、塔の主人である神津島、執事の老田、メイドの巴、料理人の酒泉がいます。最初に神津島が殺害される場面が描かれますので、館もので倒叙形式って珍しいなと思って読み始めます。でも第２の殺人事件が起こります。第２の殺人の犯人は誰なのか、蝶ヶ岳神隠し事件との関係は何なのか、密室の謎、犯人の残した暗号、そしてプロローグに描かれた出来事にどう繋がるのか。一条の視点で物語は語られていきますが、こう言った人物がワトソン役になると言うのも面白い。ミステリ好きにはたまらない作品だと思います。ミステリー小説に関する記述が多いです。まあ新本格ムーブメントの話とかなら分かりますが、海外のミステリーに関する話は分かりません。「モルグ街の殺人」が史上初の推理小説だと言う事とか、エラリー・クイーンが従兄弟同士の共作だとかしか知りませんでした。まあそれらの記述は、登場人物、読者をはじめ多くのミステリ関係者に対する、ミステリに対する愛情の発露なんでしょうね。このクローズドサークルで起こった事件は、ひとまず名探偵である碧月夜によって解き明かされます。これだけでも素晴らしいのですが、その後のどんでん返しと言うかメタミステリへの移行は賛否両論あるのではないでしょうか。作者の知念実希人さんの意図は判りませんが、島田荘司さんによる「『「硝子の塔の殺人』刊行に寄せて」が全てを言い表しているんでしょう。何と言うか怖ろしい作品です。私はとても楽しく読む事ができました。それにしても新本格ムーブメントが起こって３０年以上が経っています。それらの作品を読んでいなくて本作を読んだら、絶対に勿体ないと思ってしまいます。

☆

　警視庁地域部・地域総務課所属の楠木肇巡査部長は、係長から欠員の出た遊撃特別警ら隊の穴埋めを命ぜられた。楠木は特命でＦＣ室の仕事もしており、こちらの長門室長からも呼び出しを受けた。今度アメリカの著名な映画監督であるリーアム・バークが、日本で映画撮影を行う事になりその撮影のサポートをする事に。遊撃特別警ら隊の方では、班長の蒲生警部補とともにパトカーで都内を巡回し慣れない職質を行う破目に。

　警視庁ＦＣ３です。ＦＣと言うのはフィルムコミッションの事で、映画などの撮影の便宜を図るための窓口です。まあ確かに映画に限らずテレビドラマ等でも、街中で何らかの撮影が行われる事あります。カーチェイス等はそうそうないのかも知れませんが、撮影の許可だったり野次馬の整理だとかの必要はあるんでしょう。ですので実際に警察の中にそんな事を担当されている方がいるんでしょうか。さて物語の方ですが、来日したはずの映画監督が行方不明と言った事もありましたが、何となくダラダラと描かれていて退屈極まりないです。また部・章・節と言った区切りが無いのも、ダラダラ感に拍車を掛けています。警察が主体となっていますが、緊迫感が全く感じられません。楠木（クスノキではなくクスキ）が遊撃特別警ら隊の仕事で行うバンカケなども、何の興味も引きません。途中長門室長がＳＳＢＣの隊員に、「警察の仕事に無駄な物は無い」と言う場面があります。読んでいて警察の仕事がこんなに無駄な事ばかりの訳ないと思っていたので、この言葉が何か悪目立ちした感じがしました。映画に関する蘊蓄だったら他所でやって欲しいです。まあ読み易いのが唯一の救いでしょうか。

☆☆☆☆

　夜中に函館方面本部の通信指令室に入った１１０番通報は、人が喧嘩をして数人がかりで人を海に投げ込んだと言う物だった。現場近くで血痕が見つかった事からダイバーに海中を捜索させたところ、ブルーシートにくるまれた男の死体が発見された。被害者は地元で水産加工などを営む会社の社長だった。札幌大通警察署刑事三課に所属していた佐伯宏一は、２週間程前に函館方面本部捜査課課長補佐として異動してきたばかりだった。

　「道警・函館方面本部」と付けられていますが、北海道警シリーズの新たな展開でしょうか。札幌大通署時代は道警の裏金問題等を告発した事から、飼い殺しの様な扱いを受けていた佐伯宏一。前作では警部試験を受ける様に言われていた佐伯は警部昇任試験に合格し、府中の警察大学校での３ヶ月の研修を終え函館方面本部捜査課課長補佐として函館に赴任しています。さて事件は撲殺された遺体を、海に投げ込むと言う物です。土地鑑が無いために部下の庄司に函館の街を走らせ、道を覚え距離の感覚を身体にしみ込ませていました。そんな佐伯はこの事件を担当する事になるのですが、彼等の地道な捜査が事細かく描かれていきます。警察小説として決して派手では無いのですが、現実感が高くて引き込まれます。被害者が地元で会社を営む経営者だった事から、商売関係に始まり交友関係や女性関係等が調べられていきます。中国人お断りのラーメン屋だとか、原付きバイクの盗難事件等どの様に関わってくるのでしょうか。事件はタイトルの通り佐伯の推理によって解き明かされていきます。犯行の動機、犯行の概要、防犯カメラ等の証拠集め、実行犯の逮捕。決してどんでん返し等がある訳では無いのですが、なかなか緊迫感のある後半でした。本作では土地鑑と言うのが一つのキーワードになっています。犯罪捜査には必要な物なのでしょうが、こう言った事がクローズアップされた作品ってあまり無い気がしました。札幌時代に一緒だった新宮昌樹に関しては、帯広警察署刑事第一課に異動になっている事は書かれていましたが、津久井や小島はどうしているんでしょうか。

☆☆☆

　紅屋では女中頭のおしげさんが、紅屋の跡継ぎとして養女に入る事になりおやすは喜んでいた。しかしおしげの弟は行方知れずとなっており、休みを取って板橋宿に行くと言うおしげの事が気になっていた。そんな中横浜の生麦村で起こった、異人に対する無礼討ち。薩摩藩の大名行列に馬に乗ったえげれすの異人が突っ込んできて、無礼討ちにされたと言う。もしかしたらえげれすがお江戸に戦をしかける事になってしまうのか。品川の町の心配をするおやす達だった。

　お勝手のあん・シリーズも、１２作目となりました。今回の出来事は文久２年の夏から秋に掛けての事です。西暦で言うと１８６３年ですね。もうすぐ幕末が迫っていますので、いろいろな事が起こります。やすもおせいと一緒に品川の海を見ている時に、ヘボンと言う異人と出会います。神奈川に住んでいるめりけんの西洋医学の医者ですが、耶蘇教の宣教師でもあると言います。幸いな事に日本語が達者だったので普通に会話ができて、しょうがのパンを貰ったりもします。でも今回の話で一番大きな出来事と言えば、タイトルにある様な、中沢さまと言うかお琴との出会いでしょうか。食材を手に入れるために出掛けた時に、おやすは何者かに襲われかどわかされそうになります。それを救ってくれたのが、最近おやすが住んでいる長屋に越してきたと言う若いお侍さんです。背の高い女人で男の格好をしている、中沢琴と言う侍さんです。うーん、おやすが何故狙われるのかと言う事は明らかにされませんが、これは次回以降に出て来るんでしょうか。その様な書き方はいいのですが、次回までに忘れがちになるのが困り物。そしてもう一つの出来事は、おやすが父親の消息を知るとともに離ればなれになっていた弟の平吉との再会でしょうか。ここら辺少し急ぎ過ぎた感じもしました。

☆☆☆☆

　女でありながらその圧倒的な喧嘩の強さから、暴力団内樹會の会長宅に連れて来られた新道依子。会長の一人娘だと言う尚子のボディーガード役を、無理矢理やらされる事に。尚子は短大に通っている以外にも、幾つものお稽古事が日程に入っていた。依子は尚子を車で送り迎えをする毎日だった。若頭補佐の柳が言うには、尚子の母親は当時の組の若頭との間の子供であり、会長は逃げた二人を捉まえるために、探偵事務所を使って探させているとの事だった。

　２０２５年にダガー賞を受賞した事で話題を呼んだ作品です。ダガー賞と言うのは英国推理作家協会が主催する、優れたミステリー小説に贈られる文学賞だと言う事です。この賞は１９５５年に創設された賞で、ミステリの文学賞としてはアメリカのエドガー賞と並ぶ賞だと言われています。さて最初っからバイオレンス・シーンが続きます。漆塗りの箱が気持ち悪いのですが、この箱は後の方でも出てきます。それはさておき尚子ですが、見た目マネキンの様なお嬢様です。ですので依子とは全く違う存在なのですが、何故か二人の会話が印象的な感じがします。そんな二人のちょっと変わった関係が描かれるのですが、それと同時に何者かから逃げている様な老夫婦の話が描かれます。こちらは交通事故に遭った車から、他人を助け出した事でテレビ等で取り上げられてしまいます。バイオレンス的な場面が目立ちはしますが、ちゃんとどんでん返しも用意されています。それにしても日本の推理作家で海外のミステリの賞を受賞するとしたら東野圭吾さん辺りかと思っていましたが、この王谷晶さんの作品も翻訳されていたのでしょうか。